ヒーローが行う夢の授業「心拓塾」

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齋藤家のお墓は、神田とは少し離れた法善寺にありました。千代田区ではなく、台東区東上野にあります。あまり参詣する人もいなかったようですが、最近では、江戸ブームの影響もあってか、ときおり参詣者の姿を見かけるようになりました。月

岑など、神田っ子は浅草・上野方面のお寺に参詣することが多かったようです。距離が割合近いせいもありますが、意外と知られていない事実です。月岑の日記を読むと、その様子がよくわかります。


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月岑は、祭りの時はもちろん境内での富くじの立ち会い人などとしても神田明神へ行っていたようです。富くじとは、現代の宝くじのようなものです。

神田明神は、赤坂の山王権現、つまり現在の日枝神社と並び称されるほどの高い格式を持った神社でした。現代も、多くの参詣客で賑わっていますが、境内には、いろいろな碑が立っています。

時代小説家・野村胡堂作の銭形平次の碑があることでも知られています。


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月岑は神田の名主として、神田を氏子圏にしている神田明神によく出かけています。旧宅跡からそれほど距離はありませんが、神田川を渡るとすぐ右手に見えてくるのが湯島聖堂です。

5代綱吉が儒学を盛り上げるため、元禄3年(1690)に、この湯島の地に聖堂を創建しました。これが、湯島聖堂です。寛政9年(1797)には、昌平坂学問所も置かれました。湯島と言えば、学問の神様・湯島天神が思い浮かびますが、この湯島聖堂も学問の神田川縁の地一大メッカとなったのです。



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斎藤月岑は神田で代々、名主を勤める家に生まれました。まさに江戸っ子の代表格です。月岑は、神田雉子町に住んでいました。現在の神田司町です。東京メトロ丸ノ内線淡路町駅の近くにあたります。

神田の人々は、市井人・斎藤月岑に学ぶ会を結成し、月岑の足跡を明らかにし続けています。平成16年11月27日には、その業績を称える顕彰碑の除幕式が行われました。外堀通りに面して立っているこの顕彰碑か゜立っている場所こそ、月岑宅があった場所ということになります。


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南総里見八犬伝の作者として有名な馬琴は、膨大な量の日記を残していますが、その日記のなかで、斎藤月岑が江戸名所図会の感想を述べています。月岑と馬琴が面識があったかどうかは分かりませんが、辛口なところがある馬琴も、江戸名所図会には高い評価を与えています。




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