愛宕山に鎮座する神社。火産霊命・罔象女命・日本武尊・大山祇命が祭神。例大祭は9月24日。慶長8年(1603)に仮殿が建てられ、同10年(1605)に社殿が整備される。火防の神様として、火事に悩まされた江戸の人々の厚い信仰を受ける。山頂からの眺めがたいへん良く、江戸の三分の一が見渡せたという。 社殿に登るには、急峻な男坂と女坂の2つがあった。曲垣平九郎が将軍徳川家光から日本一の馬術の名人と讃えられたのは、馬で男坂を駆け上がったからだった。出世の階段とも呼ばれる。 近年、社殿へはエレベ—タ—で上がれるようになった。近くに、NHKの放送博物館がある。
東京都港区愛宕1-5-3
青松寺を出てさらに北へ歩いていくと左手に愛宕山が見えてきます。この山に鎮座しているのが愛宕神社です。 江戸時代には、この愛宕山に登ると江戸の町の3分の1が見渡せたとも言われています。現在では周りに高層ビルが立ってしまいさすがに3分の1とはいきませんがそれでも見晴らしの良さを実感できるでしょう。 愛宕神社へは現在、エレベーターを使っていくこともできますが、元気な人は境内まで続く長い階段を使って参拝されるとよいでしょう。二つある坂のうち男坂のほうが、間垣平九郎が馬で駆け上がったと伝えられる有名な坂で、出世の石段とも呼ばれています。
9月14日に続けて、伴四郎は17日にも芝神明宮に参詣しています。だらだら祭りだけあって、祭礼はまだ続いていました。 この日は3人連れで、まず愛宕山に向かっています。江戸の3分の1が見渡されると言われた愛宕山には、愛宕神社が鎮座していました。伴四郎は参詣したことがありましたが、その日、外国人の5人連れを目撃しています。 愛宕神社の門前には、参詣者を目当てにした茶店が立ち並んでいましたが、外国人たちは茶屋の娘をからかっていました。片言の日本語を少し話していたようです。伴四郎は、江戸の観光名所で外国人の姿をよく見かけています。 そして愛宕山を降りて、増上寺に向かっています。増上寺の南側には芝の東照宮がありましたが、言うまでもなく、初代将軍徳川家康を祀った御宮です。歴代将軍のお墓は、上野の寛永寺と芝の増上寺にありましたが、各々に東照宮はありました。東照宮を参詣した後、芝神明宮に向かいますが、境内は祭礼の最中でしたから、たいへん賑わっていました。 しかし、少し雨が降ってきたため、帰り道を急いでいます。赤坂屋敷の近くの紀伊国坂下で、伴四郎は細魚の干物を、連れの大石直助は塩を買って長屋に戻りました。伴四郎の買った細魚が何だったかは分かりませんが、直助が買った塩は、自炊には欠かせない食品です。 江戸に入ってくる塩は瀬戸内海産の下り塩でした。当時、上方や西国から江戸に送られてくる品物は下り物と呼ばれましたが、塩や酒などはその代表的なものでした。塩は漬物など商品保存用としても用いられたわけですが、味噌や醤油などの原料としても欠かせません。関東の濃口醤油の原料は、瀬戸内海産の塩でした。 直助の買った塩は、自炊用でしょうか。塩にしても醤油にしても、同居人どうしで共用していたようですから、この塩も自分で使ったでしょうが、伴四郎たちも使ったのでしょう。食事の時、あるいは調理の時に、塩は大いに活躍したのでした。 塩の使い道は他にもあります。農作物の肥料や医療品としても使われましたが、歯みがき粉という用途もあります。もしかしたら、歯みがき粉用に買ったのかもしれません。
6月17日は、朝方は天気が悪く、伴四郎は長屋で自重していたようです。昼から快晴になったので、街歩きに出ています。向かった先は、芝の愛宕山でした。愛宕山には、火伏せの神様として厚く信仰された愛宕神社があり、伴四郎も参詣しています。 この愛宕山から眼下を見下ろすと、江戸の3分の1が見渡されるという評判でした。現在では、周りに高層ビルも立ってしまいましたが、それでも、絶景として人気を呼んだ様子をうかがうことができます。その話を聞いていた伴四郎も、愛宕山に登って、その眺めの良さに感嘆しています。 江戸を訪れた外国人の紀行文にも、愛宕山に登って江戸を眺めたという記事がよく出てきます。外国にも知られた江戸名所だったわけですが、当然のことながら、愛宕神社の境内には観光客を待ちかまえる茶店も立ち並んでいました。 この時代、芝と言えば、何と言っても増上寺でした。徳川家の宗旨は浄土宗ですが、増上寺には6人の将軍の霊廟があります。時の将軍徳川家茂も、この増上寺に葬られます。上野の寛永寺にも、6人の将軍が葬られました。ちなみに、15人の将軍のうち、家康と家光は日光、慶喜は谷中に葬られました。 将軍の菩提寺だけあって、境内は実に広く、参詣した伴四郎は、寺の中にいる気がしませんでした。商店街のような賑やかさでした。現在の芝公園一帯が、増上寺の境内にあたります。 伴四郎は増上寺を参詣した後、お腹が減ってきたので、甘酒と寿司を買って食べました。その値段ですが、甘酒は1杯8文。握り寿司は1個8文が相場だったようです。ちなみに、かけ蕎麦は16文と言います。 甘酒などは性別・年齢を問わず、観光地の手軽な飲み物として、たいへん親しまれました。その甘みで疲れを取ったのです。現在で言えば、栄養ドリンク剤のようなものでした。江戸では四季を通じて売られましたが、京都や大坂では、夏だけ売っていたということです。
愛宕山は標高26M。6千坪の敷地がある。もちろん東京23区内ではもっとも高い山です。境内には船も浮かぶ池があったり、四季を感じられる花木もあるのでのんびり過ごしたいときにいかが・・。
愛宕神社に行った。日本の神社には男坂・女坂の2つの参道があることが多い。男坂は急勾配で男性が利用するのに適しており、女坂は緩やかな勾配で女性に適している。愛宕神社の男坂は85段で、女坂は108段。男坂は元気な人が利用し、女坂は子供やお年寄りなど誰もが自由に参拝できるように考えて作られたのだろう。江戸時代のユニバーサルデザインである。
新橋駅から愛宕ヒルズに行く途中のオフィスビル街に、突如現れた愛宕神社。出世の祈願ができるとのことで、平日でもビジネススーツのおじ様が、サクサクとお参りして帰っていく姿に遭遇しました。
東京の真ん中にあるとは思えないような佇まいの愛宕神社。大鳥居から一歩足を踏み入れると、「出世の石段」と呼ばれる長い石段があります。それを登りきったところにある社殿のほか、NHK放送博物館やワインサロン、愛宕山の池など、愛宕山周辺には見どころがいっぱいです。
「出世の階段」とも呼ばれる急勾配の「男坂」を登った愛宕神社からの眺めはその昔、江戸を一望できたという話も。港区のど真ん中、たった26メートルほどの高さしかない小高い山の周りには、今ではたくさんの名店や大使館などが。近くにある「ホテルオークラ東京」でちょっとリッチな気分にひたれるお土産を買って帰るのもオススメ。本館1Fにある「シェフズガーデン テラス」では、ホテル内で食べるよりお手ごろ価格な惣菜やパン、スイーツが購入可能。1日限定20個しか販売しない「烏骨鶏(うこっけい)プリン」1260円は、そのおいしさに感動して欲しい一品。ぜひ、お試しあれ。
愛宕神社のほおずき市にいってきた。浅草の市しか知らなかったのだが他にもいろんな所で開いているらしい。ざっくり眺めただけでほおずきは買わずしまし。さー何食べる?新橋・神谷町・浜松町・・どこに出たら良いのかと迷いながら結局御成門方面へ。お腹が目いっぱい空いていたので中華の”周の家”で一件落着。ダラダラ歩くと疲れるね。なんて・・今日は何がしたくてここまで来たのか・・・すっかり忘れておりました。
男性の方にとって出世という階段を上る野望は常に心の隅にあるのでしょうが、実際にその階段が目の前に現れたときはどんな行動をとるのでしょうね。すごく興味があるのですが、きっとそんな場面に遭遇したら見ていられないのが現実かもしれませんね。